「低温室用コンパクトMRIの開発と雪氷への応用」


要旨


雪氷の三次元構造を理解することは,雪崩などの自然災害を予防する上で有用であり,また学問的にも大変興味深い.雪氷の三次元構造の観測には,歴史的には,X線CTが先行したが,筆者らのグループによりMRIの適用が初めて試みられ,雪氷と融水の識別などにおいては,MRIがX線CTを画像コントラストの点で遙かに凌駕することなどが指摘されてきた.ところが,従来の雪氷のMRI撮像は,常温の室内で行われていたため,この方法には,雪氷サンプルが変質する可能性がある,長時間の安定した温度制御が困難などの問題点が存在していた.これに対し,小型永久磁石,勾配コイル,RFコイルなどによるMRI信号検出系を低温室内に設置して,低温室内で雪氷サンプルを長期間安定に撮像するアイデアが提起された.本研究は,このアイデアに基づき,MRIシステムを低温室に構築する際の諸問題を解決してシステムの評価を行い,さらに,このシステムを用いて,MRIの雪氷への応用を行うことを研究の目的とした. 本研究では,まず,線形領域が広く画像歪みが少ない3軸勾配磁場プローブを開発し,これを用いて,T1の長いサンプルに対しても高いSNR(信号対雑音比)を実現する三次元強制回復スピンエコー法(3D-DESE法)を実装した.次に,この撮像シーケンスと,空間座標が確定した三次元格子ファントムを用いて,静磁場分布を定量的に計測し,磁石温度の低下と共に,静磁場均一性がどのように変化するかを評価した.また,個々の2次シムコイルの作る磁場分布を同様の手法により計測して,永久磁石の静磁場不均一性を補正するための最適電流の組み合わせを求め,これを用いて,-5℃において,シムコイルを用いると,静磁場不均一性を3倍程度改善できることを示した.また,雪氷サンプルにおける信号観測に使用するドデカンのT2計測と,ドデカンを用いた3D-DESE撮像により,本システムにおいては,直径30 mm程度のRFコイルを用いた場合,数時間の撮像時間によって,(80 μm)3程度の空間分解能が実現されることを示した. また,北海道の4カ所から,しまり雪,しもざらめ雪,かたしもざらめ雪,ざらめ雪の試料を採取し,本研究で開発したMRIシステムを用いて,(120 μm)3の空間分解能でドデカンに浸した試料の三次元撮像を行った.その結果,さまざまな興味深い三次元構造が可視化され,本システムの有用性を実証することに成功した. 以上の結果から,永久磁石を用いることにより,氷点下の低温室内に,実用的なMRIを構築することが可能であり,また,このシステムは,雪氷研究などの氷点下における物質現象の解明や,生命現象の解明などにも有用であると結論した.