佐々木正洋 教授

我々の研究室では表面科学を研究しています。表面とは、言葉通り物質の一番外側、「端」を意味し、物質が外に対して直接働きかける舞台です。触媒では、化学反応を高度に制御することができますが、化学種が表面に接することで影響を与えます。エレクトロニクス素子では、さまざまな物質を組み合わせて電子の動きを制御しますが、物質と物質の境目(端)での電子の出入りの様子で性能が決まります。また、電子顕微鏡などでは、物質から電子を取り出して利用しますが、ここでも表面の重要性は理解できるでしょう。実は、ハイテクと言われる素子のほとんどで、表面が本質的に重要な役割を演じています。この表面の性質を正確に理解し、制御することが我々の目標です。

現在、炭素系材料に注目しています。炭素系材料として、ダイヤモンド、グラファイトが古くから知られていますが、フラーレンやカーボンナノチューブなど、さまざまなナノ構造体も作ります。さらに、無限とも言える多様な有機化合物も炭素を元に作られます。この多様性が炭素系材料の大きな特徴です。すなわち、炭素系材料を適用することによりエレクトロニクスの可能性が大きく拡がるのですが、素子の機能、性能がどのように決まるかよくわかっていません。我々は表面科学の手法を用いて、エレクトロニクスに関係する炭素系材料の表面の性質を理解し制御したいと考えています。特に有機太陽電池と次世代電子源の特性向上に大きく貢献できそうです。

我々は、表面の性質を理解するために、走査プローブ顕微鏡技術超音速分子線技術を用いています。走査プローブ顕微鏡は、尖った針を表面に近づけることで、ビームの収束限界に関係なく表面にある原子一つ一つの性質を知ることができる顕微鏡です。また、超音速分子線技術を用いることで、分子の運動エネルギーや内部状態を高度に制御することが可能です。これにより、簡単に性質が変わる炭素系材料の表面の様子をそのままの形で調べることも、また、新規の化学反応を積極的に誘起しすることもできます。ミクロとマクロの両面から表面現象を正しく理解しようとするのが我々の方法です。

さまざまな素子において既存の技術が限界を迎えようとしていますが、応用理工学分野の研究者、技術者には、既存の学問の枠にとらわれない広い視野と柔軟な発想から新たなブレークスルーを見つけることが求められています。ここで重要なのは、確かな基礎的知識と、現象を適切にイメージする想像力です。我々の研究室では、表面科学の実践を通して、このような力を醸成し、現在・将来の社会で活躍できる人材を育てることを第一の目標としています。

山本恵彦 名誉教授

皆さんは大学のエンブレム(校章)をご存知ですか? 本学のエンブレムには桐の葉がデザインされています。世の中にはイチョウの葉などがデザインされた他校のエンブレムもあります。これらからは美的なセンスやロマンは感じられますが、建学の精神などは残念ながら読み取れません。一方、欧米の大学のエンブレムには明確に建学の精神が記されている場合が多いようです。

私が5年間の大学院生活を過ごした米国の大学のエンブレムにはMems et Manus とラテン語で記載されています。英訳は Mind and Handでしょう。即ち、教科書や講義から学ぶ知識と身をもって実際の行動から学ぶ智慧の両方の育成を教育方針に掲げています。頭でっかちの知識のみの持ち主はクイズ番組では活躍するでしょうが本当の研究を推進する力はないでしょう。また手足しか動かさない肉体労働者も真の研究者とは呼ばれないでしょう。

私も1993年に本学教授に就任以来、基礎学問のみならず実際の問題への応用の重要性を強調してきたつもりです。何も無い所から立ち上げた研究室も年々充実し途中からは佐々木先生の参加もあり多くの卒業生を輩出してきました。卒業生の中には本学教員が2名おります。多くの卒業生は各分野で大活躍しております。

Mems et Manusの伝統を是非後世に繋いで行って頂きたいのが佐々木・山田研究室への私の希望です。

(山本先生は本研究室の創設者です)

山田洋一 准教授

自己組織化と表面科学の楽しみ

次世代技術である有機ナノエレクトロクスや、水素ナノテクノロジーでは、「ソフトで小さい材料の集合体」が創発する性質を利用してゆきます。本研究室では、「ソフトで小さい材料の集合体」の科学に関して、「自己組織化」を興味の中心とすることで、できるだけ射程の長い研究を行っていきたいと思っています。

「ソフトで小さい材料の集合体の創発」の代表は、言うまでもなく生命です。生命は恐ろしく複雑な超分子集合体で、無機材料と違って温度がちょっと変わるだけで形が崩れたり誤動作したりするような材料からできているのですが、その不安定性や複雑性をむしろうまく使って様々な高度な機能を安定に維持することができる、いわゆる"反脆弱"な系です。このようなことを現行の無機材料ではほとんど利用できていませんが、これからこのような性質を少しでも利用したデバイスができれば、本当に魅力的です。

「ソフトで小さい材料の集合体」は、既存の金属や半導体材料などの、「硬い材料」とは様々な面で大きく異なります。そもそも「ソフトで小さい材料の集合体」を計測したり、制御したりしようとしたときに、既存の手法がうまく使えない場合が多く、なかなか手が届きそうで届かない難しい領域です。逆に言えば、計測するだけでも今後の役に立つ、という、とてもあたらしい分野ですので、現在世界的に精力的な挑戦が進められているところです。

「ソフトで小さい材料の集合体」でものを作る時に特に面白いのは、「自己組織化」という概念です。自己組織化とは、要素が相互作用しながら多数集合することで、 個々の要素にはない新たな機能を自ら創発することです。これは生物では身近な概念であり、多くの生き物はソフトな材料が自己組織化することで、精巧に動いています。有機エレクトロニクスなどに使われるソフトな材料の薄膜などの機能発現においても、生命よりは随分単純ですが、自己組織化は中心的な役割を果たします。しかし、現在の有機エレクトロニクスでは、無機材料を有機材料に置き換えているところですが、まだ、創発的性質を利用するには至っていません。なので、基礎研究が必要です!

ソフトで小さい材料の自己組織化を研究するのには様々な方法がありますが、中でも「表面科学」に立脚することが重要であると信じています。表面科学は、物質の表面(例えば原子、分子の一層のみ)を研究する分野ですので、壊れやすいソフトな材料の研究に有効です。ただし、表面科学の計測手法は、どれをとっても、その理論も実験も大変難しいものです。実験も、ゆっくりとしか進みません。ただし、そのぶん、データが取れて新しい世界が開ける(我々は実際に「見える」)時の衝撃は大きいです。

まだ未開の分野である「自己組織化の科学」、もしくは「自己組織化の工学」、にとって、表面の存在は本質的に重要となります。宇宙空間における多くの分子の生成にしても、宇宙のチリの表面で起こるようです。表面は物質の出会い・関係の場であり、即ち反応の場です。そこでは、材料同士の相互作用以外の力も働くことで、特異な、バラエティー豊かな自己組織化現象が起こり得ます。生き物などは、組織が込み合っており、表面・界面だらけの世界です。当然界面での物質の移動、自己組織化や反応が生命現象の本質を担っています。そうであるとすると、表面と界面が生命や情報そのものである、と言っても過言ではないかもしれません。同様に、システムの表面やシステム間の界面での自己組織化する機能こそがデバイスそのものであり、もっと言えば新しい文化や社会もそのような場所で創出されます。 そのような表面という場で、ソフトで小さい材料の自己組織化を利用すると、これまでにない材料や現象が現れるかもしれません。これは新しい概念を開拓できそうな、刺激的な探求です。

表面上の自己組織化を、我々は、実際に文字通り「見ながら」研究します。ソフトな材料の集合体では、その「かたち」と「機能」が密接に結びついています。また、これらは弱い結合でできているが故に、その「かたち」も多様にとりえます。すなわち、同じ材料からでも、違うかたち=機能が生まれる!このため「structure-property relationship」は、常にこの分野の興味の中心です。このためには、かたちをよく見た上で、その性質を議論する、という、当たり前のことが本当に大切なのです。しかし柔らかい材料は見ることだけで十分難しいので、実際はこの当たり前はなかなか実現が難しいのです。

一方で、本研究室の特殊な装置で分子やその集合体のかたちを見ていると、それは見ているだけで単純にきれいだなあとか、絶妙に面白いなあ、という場合によく出くわします。それが何かに役に立つのかとか学術的に有意義なのかは、往々にして別問題だったりしますが。だけど、自然の一部の美しさに触れるということは、科学にとってもけしてつまらない問題ではないように思います。少なくとも、自然に興味を引きつけられます。さらに言えば、自然や生命への関心があれば、日々楽しく、よりよく生活できるのではないかと思っています。

大学と基礎研究の楽しみ

「夢を持って、基礎を自由にじっくりやれる(ただし金はないが)」というのが教育/研究機関たる大学の良いところだと思っています。一方、グローバルで経済的な世の中の流れにあっては、「夢と自由はないけど金はある」ようなことばかりになりがちです。短期的には金も大事かもしれませんが、本当のところ、個人や集団の長期的な成長やシアワセにとって、前者の方がより大事に思えてなりません。大学では、せっかくの本来の自由な空気の下、じっくり基礎研究にでも打ち込みながら、学生と教員のお互いの視野を広げていけるのが楽しいと思っています。

"Comfort isolates"(安寧な状態は人を孤立させる/木幡和枝訳)、と故スーザン・ソンタグは喝破しました。 研究室や学会であっても、往々にして、小さな集団で安寧な状況を求めてしまうと、結局孤立化や権威主義につながってしまい、あまり面白いことにならない場合が多いと感じています。基礎研究は、タコツボにこもって重箱の隅をつつくようなものに思われがちですが、その実は重箱の隅の外にあるであろう、広い外部を「感じて」目指すものだと思います。反対に、パッと見広くかっこよく見える流行や金や人気やらを安易に求めると、しばらくは居心地は良いけれど行きつく先は結局おもしろみのない"孤立"でしかない。この紙一重の知覚(美学)を研ぎ澄ましておくことは、大学の基礎研究の使命のように思います。

本研究室では、国内外の研究機関や企業の、心が広い基礎研究者たちとの共同研究を通じて、なるべく地道に、開けたところを目指したいと思っています。

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