「特定疾患診断用コンパクトMRIの開発」


要旨


磁気共鳴撮像(MRI: Magnetic Resonance Imaging)装置は,1973年の提案に始まり,1980年代に臨床応用が開始されて以来,医療施設に広く普及している.現在,日本国内では約6000台の臨床用MRIが稼働しており,人口あたりの普及率は世界一と言われている.またMRIの検査コストはOECD加盟国中最も安いといわれ,わが国は様々な意味で世界一MRIが使いやすい環境にある. さて,国内では臨床用MRIと全身用MRI(WB-MRI: Whole Body MRI)は同義語として使われているが,世界的に見れば,1000台以上の臨床用小型MRIが使用されている.そのほとんどは,整形外科領域における四肢を対象としたMRIである.このような小型MRIが用いられているのは,設置スペースの小ささと,装置コストの安さにある.ところが,国内では,全身用MRIが極めて使いやすい状況にあるため,小型MRIが普及する余地はほとんど残されていないように思われる.しかしながら,関節リウマチ診断と骨粗鬆症診断を目的とした小型MRIは,後に述べるように,国内外において,一定の役割を示すものと期待されている.そこで,本研究は,関節リウマチ診断用コンパクトMRIと骨微細構造計測用コンパクトMRIを開発し,その有用性を検証することを目的として行った. さて,関節リウマチ(Rheumatoid Arthritis: RA)の初期症状は,手関節の炎症などとして現れ,しかも両手に対称な炎症を検出することがRA診断の決め手となるため,その診断を可能とする手のMR検査は,RAを早期に診断する上で極めて重要である.また,RAの早期診断に基づく生物学的製剤などによる治療は極めて有効であるため,RAの診療現場では,手のMR検査が渇望されている.ところが,WB-MRIを用いた手のMR検査は,さまざまま理由により検査時間の確保が難しく,患者に無理な姿勢を要求することから,患者の負担が大きく,検査の成功率が高くないなどの欠点を有している.そこで,手の検査に最適化した小型MRIに,これらの問題の解決が期待されている.また,手関節の炎症は,手のどこに現れるか全く予想できないため,小型であっても,手と手首が一度に撮像できることが望ましい.この要望を実現するため,手の形状とサイズに最適化した永久磁石磁気回路,勾配磁場コイル,高周波コイルを有するコンパクトなMRIを,以下のように開発した. まず,永久磁石磁気回路は,磁石を軽量化するために静磁場強度を0.3Tとし,勾配コイルやRFコイルの製作の自由度も考慮して,磁極間隔を130mmとした.そして,直径22cm,厚さ8cmの回転楕円体状の静磁場均一領域を有する永久磁石磁気回路の開発を専業メーカーに依頼した.勾配磁場コイルは,ターゲットフィールド法とGenetic Algorithmを用い,上記の回転楕円体領域において,自由空間における線形性からのずれが10%以下となるように設計した.また,高周波コイルは,キャパシタで4個のエレメントに分割して,できるかぎり長いソレノイド状コイルとすることにより,手全体に対して,均一なRF磁場を印加できるようにした. 永久磁石磁気回路と勾配コイルの均一性は,幾何学的に精度良く格子状に加工したファントムを用い,三次元スピンエコー法により撮像した画像によって定量的評価を行った.そして,これらの不均一性に起因する画像歪みに関しては,ソフトウェアによる補正が可能な範囲にあることを示した.高周波コイルの均一性は,均一な密度を有するファントムを用い,三次元スピンエコー法によって撮像した画像により定量的評価を行った.これに関しても,ソフトウェアによる強度補正が可能な程度の不均一性であることを示した. 狭いスペースにも設置できることは,装置の普及の点で極めて重要な技術であるため,シールドルームを必要としない被験者撮像を行うための技術開発も行った.すなわち,RFコイルを収納するRFシールドボックスと,前腕を高周波的に接地して外来ノイズの侵入を防ぐシールド板と,同相ノイズを防ぐLCバラン回路を併用することにより,シールドルームが不要な被験者撮像を達成した. 被験者撮像シーケンスとしては,主に解剖学的構造の描出を目的とした,T1強調3D勾配エコー法(TR/TE = 35 ms/5.5 ms, NEX = 2, 画素数: 512×192×32 画素サイズ: 0.4 mm× 0.8 mm×1.6 mm,撮像時間: 7分10秒)(T1WI法)と,主に病変の検出を目的とした,脂肪抑制T2強調3D高速スピンエコー法(TR/TI/TE = 1000 ms/110 ms/60 ms, エコー数: 12, 画素数: 256×384×16, 画素サイズ: (0.8 mm)2×3.2 mm, 撮像時間: 8分30秒)(STIR-3DFSE法)を用いた.健常被験者(54歳男性)を用いて撮像を行ったところ,T1WIにおいては,遠位指節間関節から手根骨までの各関節の位置,靱帯の付着部, 軟骨など手全体の形態情報を確認することができた.また,STIR-3DFSEでは,骨髄や皮下脂肪の脂肪信号が抑制され,主にT2値の長い自由水に近い成分である,滑液,静脈血などが著明な高信号領域として描出された.さらに,筑波大学膠原病アレルギー内科の住田孝之教授のグループとの共同研究として撮像したRA患者の画像において,RAに特徴的な病変を検出することができた. 以上により,本システムは,狭いスペースにも設置可能なRA診断用MRIとしての性能を有していると結論した. さて,骨粗鬆症とは,骨強度の低下を特徴とし,骨折リスクを増加させる全身性骨疾患である.最近,骨強度は,70 %が骨量,残り30 %が骨微細構造をはじめとする骨質で説明されることが明らかとなり,これまでの骨量(骨密度)に注目した骨計測だけでなく,骨微細構造計測が重要視されている.特に,海綿骨の微細構造変化は,治療効果判定において,従来の計測装置であるDXA法で得られる骨塩量と比較して3倍の感度を有することが報告されている.これまで海綿骨微細構造計測は,脛骨,橈骨,踵骨を対象に,全身用MRIを用いて研究レベルで行われてきた.しかし,設置スペースやコストの問題,特殊なパルスシーケンスやRFコイルを使用することから普及には至っていない.そこで,1.0 Tの静磁場強度を有する永久磁石磁気回路を用いて,橈骨海綿骨微細構造計測が可能なコンパクトMRIの開発を行った. 本システムでは,永久磁石磁気回路(静磁場強度1.0 T,ギャップ10 cm,均一領域50 mm球)を用いた.RFコイルは,手首の撮像に適した長円形型(短軸5.5 cm×長軸7.0 cm)のソレノイドコイルで,幅7 mm,厚さ0.1 mmの銅箔を6ターン巻いたものを作成した. 骨微細構造を描出するためには,骨髄のプロトンを高い空間分解能で撮像しなければならないが,骨髄のプロトンのT1は約280msと長く,T2は約40msと短いため,短いTRでの飽和現象を回避した強制回復スピンエコー(DESE: Driven Equilibrium Spin Echo)法を使用した. 以上の撮像法を用い,健常男性被験者1名(25歳男性)の左手橈骨遠位端の撮像を行った.3D強制回復スピンエコー法(TR/TE = 80 ms / 10 ms,NEX = 1)を用いて,画素サイズ(150 mm)2×500 mm,画素数 512×512×32の3次元データを得た.撮像時間は約22分であった. この3次元データから橈骨領域のみ切り出し,ヒストグラム解析を行った.このヒストグラムから骨髄信号のヒストグラムと海綿骨信号のヒストグラム上の明瞭な分離は見られなかったが,部分体積効果による非対称な分布が得られた.これは,先行研究でも同様であり,画素当たりのSNRは10以上で,かつ空間分解能も十分であることから,骨構造解析が可能であると結論した.  さらに,健常男性被験者5名(22歳~25歳)に対して,左手橈骨の遠位部をそれぞれ3回計測した.解析可能であった15個の3次元データに対して,DTA(Digital Topological Analysis)法による解析を米国企業に委託した.DTA法から得られた各種骨構造パラメタを選び,それぞれの平均値と変動係数CV(Coefficient of Variance:標準偏差/平均値)を求めシステムの再現性評価を行った.その結果は,1.5 T WB-MRIを用いた先行研究の結果とほぼ同等であったため,本システムは,それらと同様の機能を実現できると結論した. 本研究では,関節リウマチ診断と骨粗鬆診断にそれぞれ特化したシステムの開発を行った.本研究では,2つの独立したシステムをそれぞれの用途に最適化したものを開発したが,関節リウマチと骨粗鬆症はお互いに関連性の深い疾患であり,今後は,関節リウマチ診断における手の撮像と骨粗鬆症診断における骨微細構造計測の両方を実施可能な統合されたシステムの開発が期待される.