「コンパクトデジタルMRIシステムの開発と評価」


要旨


磁気共鳴イメージング(MRI)装置においては,撮像するための高周波(RF)パルスや勾配磁場パルスの時間波形を高い時間精度で自在に制御し,かつ,発生したNMR信号を正確なタイミングで計測する必要がある.このような役割を担っているのが,パルスプログラマと呼ばれるパルス発生器である.このパルス発生器は,これまで,デジタルシグナルプロセッサ(DSP)やField Programmable Gate Array(FPGA)などの半導体素子を用いて実現されることが多く,その開発コストの高さ,開発の技術的ハードルの高さ,そして,技術の進歩に伴った拡張や改変の困難さなどが問題となっていた. いっぽう,パーソナルコンピュータ(PC)を代表とする,コンピュータハードウェア・ソフトウェアの最近の発展は誠に目覚ましく,また,コストの点でも,また,使いやすさの点でも,デジタル機器を開発するに当たっては,必須のユニットとなっている.以上のような状況を踏まえ,MRIのパルス発生器に,PCそのものを使うというアイデアが存在したが,OSのオーバーヘッドやハードウェア割り込みの問題などから,実現不可能と考えられてきた.これに対し,十分な容量のバッファメモリと,高速な演算処理により,これらの問題を解決するアイデアが本研究で提起された.本研究は,このアイデアに従って,実際にパルス発生器を開発し,MRIのパルスプログラマとしての動作を確認し,MRIシステムを用いて実験的に評価することを目的として実施した.  本パルス発生器は,送信・受信共に32MBのバッファメモリを有し,最大80MB/sの転送速度で16ビットパラレルで独立してデータを送受信できる商用の入出力I/Oボードと,高機能PC(Windows7,64ビット版,Core i7 マルチコアCPU,16GBメモリ)により構成されている.また,この構成では,パルスの発生と並行・同期して,データ収集も可能となるため,このシステムは,システム制御およびデータ収集というMRIのデジタルシステムを,1台のPCで構築できるというメリットも有している.一方,このパルス発生・データ収集システムに合わせて,共同研究先で,デジタルMRIトランシーバーが開発された.なお,PCを制御するソフトウェアは,Windows7上で,Visual C++と.NET Frameworkを用いて開発した.  このパルス発生ソフトウェアは,MRIパルスシーケンスのタイミングチャートにしたがって,1μsの時間間隔で,RFパルス波形(16ビット×2CH),勾配磁場波形(16ビット×3CH),GATEタイミング信号(16ビット×1CH)のデータをリアルタイムに生成し,それを,デジタルI/Oボード上のバッファメモリに書き込むという動作を,パルスシーケンスの開始から終了まで連続的に繰り返す.また,パルスシーケンスのタイミングに従って発生したNMR信号は,トランシーバーでデジタル検波された後,同じく1μsの時間間隔で,16ビット×5CHのデータとして,デジタルI/Oボードへと連続的に転送され,NMR信号部分だけがリアルタイムに選択的に保存される.  以上のように開発したパルス発生・データ収集システムを用いて,まず,1μsの時間間隔で正確にパルスが発生していることをオシロスコープ上で確認し,その後,静磁場強度1テスラのコンパクトMRIシステムを用い,以下に示す高速撮像実験と,長期間に亘る撮像実験により,正しく動作していることを確認した. 高速撮像実験は,撮像サンプルとして鶏卵を用い,パルスの繰り返し時間(TR)を20ms,エコー時間を3msとし,FLASH法とGRASS法で撮像を行った.その結果,FLASH法では,高速撮像に特有のFLASHバンドと呼ばれる偽像が出現し,GRASS法では,それが抑制された画像が得られた.GRASS法で偽像が抑制されて良好な画像が取得されたのは,正確な繰り返し時間で,核磁化の定常状態が達成されたためである.これにより,正確なタイミングでパルス発生が行われていることが実証された.  長期間に亘る撮像実験では,撮像サンプルとしてキウイ果実を用い,TR=200ms,エコー時間16msで,3Dスピンエコー法(画像マトリクス:512×512×64,NEX=4)を用いて撮像を行った.全撮像時間は約7.3時間であったが,この間,誤動作は発生せず,明瞭な画像が取得された.このように,長期間でも安定した画像が取得されたことにより,OSのオーバーヘッドなどによるバッファのオーバーフローは,問題とならないことが確認できた.  次に,従来のアナログトランシーバーと,今回開発したデジタルトランシーバーの比較を行うために,トランシーバー以外のユニットと撮像サンプルを共通にした撮像実験を,静磁場強度4.74Tの超伝導磁石を用いたMRIシステムを使用して行った.撮像サンプルには金柑,撮像シーケンスには,512×512×64画素の3Dスピンエコー法を用いた.その結果,従来のアナログトランシーバーに対して,デジタルトランシーバーでは,①DCアーチファクトの消失,②位相不安定性によるゴーストの消失,③アナログ素子の非線形性に伴うアーチファクトの大幅な減少などを確認した.  以上の結果から,本研究で開発した,PCを用いてソフトウェアによって実現したパルス発生器とデータ収集システムは,デジタルMRIを実現する上で極めて有効であり,また,その柔軟性より,今後の大いなる発展が期待できると結論した.