「超並列型MRマイクロスコープによる大規模ヒト胚子 コレクションの三次元撮像」


要旨


京都大学大学院医学研究科附属先天異常標本センター(センター長:塩田浩平教授)には、1960年代より組織的に収集された数万体のヒト胚子が所蔵されている。これは、京都ヒト胚子コレクション(Kyoto Collection of Human Embryos)として、世界的に有名なコレクションであり、将来、二度と得ることができない、人類共通の貴重な資産である。 このコレクションを、ヒト発生学の研究にどのように活用していくかの研究に関しては、現在の技術だけでなく、将来の計測・解析技術に待つところも多いため、少なくとも、現時点においては、標本に全く傷をつけることのない計測法を適用することが強く望まれる。MRIは、このような計測法として、現時点で考えうる限り最適の計測手法である。 このような背景の下に、京都大学の塩田教授のグループと筑波大学の磁気共鳴イメージング研究室にて、1998年より、ヒト胚子の三次元MRマイクロスコープ撮像を実施する共同研究をスタートさせた。本研究は、このプロジェクトの中核をなすものであり、この撮像のための超並列型MRマイクロスコープを開発し、大量(約1,000体)の胚子の撮像を実施することを 目的として行ったものである。 超並列型MRマイクロスコープは、筑波大学内の動物用MRI(ブルカー社のバイオスペック)の超伝導磁石(静磁場強度2.34T、室温開口径40cm、静磁場均一領域16cm球)の静磁場空間を活用し、4チャンネルおよび8チャンネルのアレイ型勾配磁場プローブ、4チャンネルおよび8チャンネルの並列MRIトランシーバーなどを開発することにより構築した。このシステムを開発するにあたって、最も留意したことは、長期間の継続的な計測に安定して使用できることであった。このため、定評ある市販のレシーバーモジュール、長年使用してきたADコンバータボードなど、実績を最重視して、システムの設計と製作を行った。 このシステムを用いて胚子の撮像を行うにあたっては、最適な撮像パルスシーケンスを決定することと、京都大学と筑波大学間の胚子の輸送、撮像中の胚子の物理的固定、生物学的汚染や乾燥の防止などの諸問題を解決が必要であった。 撮像パルスシーケンスに関しては、三次元スピンエコー法にて、繰り返し時間(TR)とエコー時間(TE)を変え、撮像時間一定とした画像において、神経系におけるコントラストノイズ比を計測し、TR=100ms、TE=8msのT1強調撮像法が、スピンエコー法としては、最良であるとの結論を得た。いっぽう、三次元勾配エコー法では、TR=100ms、TE=6ms、フリップ角90°の撮像パラメータが、神経系におけるコントラストノイズ比として、本システムでは最良のものを与えることが 判明した。さらに、スピンエコー法と勾配エコー法の比較においては、勾配エコーが、コントラストノイズ比の点で有利であるが、磁化率アーチファクトの点で、スピンエコー法が優れていると結論した。 胚子の輸送等の問題に関しては、胚子をNMR試料管に入れ、ホルマリン水溶液に浸したまま、上記のT1強調画像により撮像することにより解決した。 このようにして決定した撮像パルスシーケンスと、サンプルのハンドリング手法を用いて、カーネギーステージ13から23の胚子1,204体(各ステージ約100体)を、2003年4月より2005年1月まで、約22ケ月をかけて計測した。画素サイズは、40ミクロン立方から150ミクロン立方とした。撮像の画像マトリクスサイズは、128x128x256としたが、フーリエ補間法を用いて、256x256x512画素に拡大し、三次元回転することにより、正中断面に平行な三次元画像データを得た。また、すべての胚子に関して、正中断面を切り出したものを閲覧できるファイルを作成し、エンブリオカタログとした。 なお、本研究で得られたT1強調画像の画素強度は、染色した解剖学標本の画像濃度(染色濃度)と、高い相関を有することが判明した。これは、細胞核の密度と縦緩和率(1/T1)が、正の相関を持つためであると考察した。よって、本研究で得られたMRマイクロスコープ画像は、ヒト胚子の三次元構造データベースとして活用できることを結論した。