「バルク超電導体を用いた高分解能NMR・MRI用磁石の開発」


要旨


近年,超伝導体は,核磁気共鳴(NMR)現象を用いた化学構造分析装置や,同じく,NMR現象を用いた医学診断装置である磁気共鳴イメージング装置(MRI)のための磁場発生装置(超伝導磁石)として,広く使われている.これらの超伝導磁石は,ほぼすべてが液体ヘリウムで冷却されているが,近年の液体ヘリウム価格の高騰や,将来的な液体ヘリウム資源の枯渇が,現在大きな問題となっている.このため,液体ヘリウムを使わない超伝導磁石が渇望されている.  これに対し有望視されているのが,1980年代後半に発見された高温超伝導体(YBCO,Bi系,MgB2等)である.これらの高温超伝導体を用いたYBCO系やBi系の超伝導線材は,液体ヘリウムを使わない超伝導磁石の線材として,大いに期待されているが,価格が従来の低温超伝導線材(NbTiなど)に比べると,100倍以上高価であることと,超伝導接合を作ることが難しいことなどから,ごく特殊な用途への応用にのみ留まっており,近い将来に広く普及する可能性は極めて低い.  このような状況に対し,高温超伝導体を塊にしたバルク超伝導体は,安定に磁束が捕捉できることから,新たな超伝導磁石として大いに期待されている.これは,高温超伝導体では,超伝導遷移温度が100K近くと高く,数10Kで動作させた場合,格子比熱が大きく熱的に安定であるため,急激に超伝導状態が壊れるクエンチを起こさないからである.このような背景の中で,YBCO系の高温超伝導体であるSm-Ba-Cu-O系の円環状バルク超伝導磁石を用いて,2007年,仲村らはバルク超伝導磁石に着磁された静磁場(2.89T)を用いて,世界で初めてNMR信号(123 MHz)を観測することに成功した.そして,これがきっかけとなって,いくつかのプロジェクトが採択され,それによって円環状バルク超伝導磁石の大型化や結晶成長の高精度化などが進み,2011年,小川と仲村らは,バルク超伝導磁石を用いた世界で初めてのMR画像(化学固定マウス像:@4.7T)を取得することに成功した.このように,仲村らは,バルク超伝導磁石を用いたNMRとMRIで,世界をリードしてきたが,今回の博士論文では,それをさらに発展させ,最終的には,化学構造分析用のNMRに使用できるバルク超伝導磁石を開発することを目的として研究を行った.  まず,バルク超伝導磁石を構成する6個の円環状バルク超伝導磁石として,従来のような一定の内径(28mm)と厚み(20mm)を持つものではなく,両端の磁石の内径はそのまま(28mm)で厚くし(23mm),その間の4個の磁石に関しては,内径を拡大して(36mm)厚みを薄くする(18.5mm)ものを開発した(イムラ総合研究所との共同研究).これにより,かつて玉田大輝氏と仲村氏らが発見した,勾配磁場コイルとバルク超伝導磁石との干渉がかなり低減された.  次に,バルク超伝導磁石の着磁過程において,バルク超伝導磁石内部に生成される静磁場の分布を,MRIにより,直径6mm×長さ6mmの円柱状の領域にて詳細に計測した.すなわち,まず,バルク超伝導磁石のクライオスタットを,4.7Tの均一な静磁場を発生している着磁用の高均一超伝導磁石(室温開口径89mm)の中に入れて100K(バルク超伝導磁石の遷移温度(93K)の直上)まで冷却し,そこで一次の超伝導シムコイル(x,y,z)を調整して静磁場をさららに均一化して静磁場分布を計測し,それからバルク超伝導磁石をさらに冷却して,92K,84K,77K,60K,50Kにおいて静磁場分布を同様に計測した.その後,50Kにおいて,着磁用超伝導磁石のメインコイルの電流をゆっくりと減少させ,外部磁場強度が4.0T,3.0T,2.0T,1.0T,0Tとなる条件下で,バルク超伝導磁石内部の静磁場分布を同様に計測した.その結果,磁場中冷却過程においては,共鳴周波数は202.080MHzから202.134MHzへと54kHz(+264ppm)上昇し,静磁場不均一性は7.2ppmから4.5ppmへとわずかに改善され,消磁過程においては,共鳴周波数は202.134MHzから202.051MHzへと83kHz(-413ppm)減少し,静磁場不均一性は4.5ppmから27.9ppmへとかなり上昇することを観測した.そして,このような磁場中冷却過程における共鳴周波数=静磁場強度の上昇は,温度の低下と共に,バルク超伝導磁石の下部臨界磁場(Hc1)が上昇することにより,バルク超伝導体を貫く磁束が,バルク超伝導磁石のボアの部分に押し出されることによるものではないかと考えられた.一方,50Kにおける消磁過程においては,バルク超伝導磁石のボアを貫いていた着磁用超伝導磁石による磁束の総量を保存するような超伝導電流が,バルク超伝導磁石に流れることにより,バルク超伝導磁石に磁束が捕捉される.この時,静磁場強度はやや減少(-413ppm)し,静磁場均一性はかなり低下する(+23.4ppm)が,これは,結晶の不完全性や,微少なクラックなど,さまざまな原因によるものと考えられた.  さて,直径6mm×長さ6mmの円柱状の領域にて27.9ppmの不均一性を有する静磁場を着磁したが,この静磁場均一性は,MRIには不足ではないものの,高分解能NMRには3桁程度不足であった.そこで,空間的に二次関数の対称性を持つ二次シムコイルを作成し,それを装着した上で,外径2.3mm,内径1.3mm,長さ10mmのカラス管にエチルアルコールを封入した試料をソレノイドコイルに入れ,そのNMRスペクトル幅を計測した.その結果,シム無しの時に15ppmであった共鳴線の半値幅を,一次シムにより0.5ppm(30分の1),それに二次シムを追加することにより0.1ppm(さらに5倍)まで狭くすることができた.一方,実用的なNMR高分解能スペクトルの計測には,さらに1桁の静磁場均一性の向上が必要であるが,これに関しては,サンプルスピニングや,磁化率マッチングを行ったRFコイルを使えば達成可能であるため,本論文では,バルク超伝導磁石を用いたNMR高分解能スペクトル取得のための静磁場を,生成することができたと結論した.