「骨密度・骨微細構造計測用コンパクトMRIの開発」


要旨


骨粗鬆症は,「骨量減少と骨組織の微細構造の変化を特徴とする全身的疾患であり,このため骨が脆弱化し,骨折をきたしやすくなった病態」と定義される.骨粗鬆症は,主に高齢の女性に多い疾患であり,その患者数は,日本国内で現在1000万人と推定されている.骨粗鬆症が原因で起きる,大腿骨頸部骨折は,高齢者が寝たきりになる原因の第3位であり,高齢社会である日本において骨粗鬆症への対策は,緊急の課題となっている.

骨粗鬆症の予防策及び,大腿骨頸部骨折のリスク評価の方法として,骨密度や,骨微細構造を計測することは非常に有効であることが広く知られている.さて,骨は,骨の外郭を形成する皮質骨と,その内側で網目状のように分布している海綿骨からなり,海綿骨は,骨代謝に敏感であるため,評価の対象として非常に有効な部位である.現在では,海綿骨を対象とした,X線や,超音波などを用いた様々な計測方法が開発され臨床で使用されている.この中でMRIは,繰り返し,安全に,3次元的な海綿骨骨密度,骨微細構造が,計測可能な唯一の手法であり,その応用が期待されている.しかし,全身用MRIでは,設置面積や検査コストの問題により,研究レベルでの計測に留まっている.よって,省スペースで,簡便な骨密度,骨微細構造計測用のシステムが強く望まれている. 

以上の状況を踏まえ,多くの医療機関や研究施設で使用可能な,骨密度・骨微細構造計測専用のコンパクトなMRIを開発し,その有用性を検証することを本研究の目的とした.

本研究では,まず踵骨を対象とした骨密度計測用コンパクトMRIを開発した.システムは,検出部と制御部からなり,全体の設置面積は2mx2mである.検出部に使用した永久磁石は,静磁場強度0.21 Tで,16mmギャップ内に120 mm球の均一領域(50ppm)を有し重量は約0.7tonである.信号受信系であるRFプローブは,踵の撮像に適した長円筒型ソレノイドコイルを使用し,幅5mm厚さ0.3 mmの銅箔で9ターン巻いた.また,コイル内には,骨密度の定量評価のために用いる外部標準ファントムを備えた踵用ホルダーを設置した.これらの検出部全体は,外来ノイズの影響を軽減するため,シールドルーム内に設置した.

本システムで得られる海綿骨体積率(Trabecular Bone Volume Fraction,以下TBVF)は,単位体積あたりの海綿骨の割合を示す指標であり,MR画像からは,踵骨の髄空に存在する骨髄のプロトン密度と,基準物質のプロトン密度との比により,単位体積あたりの骨髄の体積を求め,残りの体積をTBVFとして算出した.

システムの安定性を評価するために,同一被験者を繰り返し計測し,標準偏差を計算することで,システムの再現性を評価した.評価は,短期再現性と長期再現性の評価の2種類を行った.短期再現性の評価には,健常女性ボランティア3名(年齢23~24歳 平均23.3歳)を対象に,2週間に渡って,16回の計測を独立した環境で行い,標準偏差を被験者ごとに求めた.長期再現性の評価は,健常女性ボランティア1名(年齢22歳)を対象に,約6ヶ月に渡って32回の計測を独立した環境で行い標準偏差を求めた.短期再現性に置いては,σ=0.0074~0.013,長期再現性に置いてはσ=0.015という値を得た.

次に,現在臨床で使用されている装置との相関の計測を行った.
DXA(dual energy X-ray absorptiometry)との相関計測では,健常女性ボランティア22名(18~21歳,平均19.1歳)の右足踵骨を対象に,MRIによるTBVFとDXA(DCS-3000,ALOKA製)によるBMDの計測を行った.DXAは,MR画像と同じ面内のROIを設定できるように,投影画像が矢状面になるように計測した(DXA計測:筑波大学人間総合科学研究科 向井直樹 先生).TBVFとBMDとの相関係数としてR2=0.38と有意な相関を得た.

QUS(Quantitative Ultra Sound)との相関計測では,健常女性ボランティア100名(16~81歳,平均42.5歳)を対象に,MRIによるTBVFとQUS(DM-US100,松下電器製)によるSOSを右足踵骨について計測し,両者の相関を調べた.SOSとTBVFの相関係数としてR2=0.46という有意な相関を得た.

さらに,統計的な観点から計測プロトコルを見直すことを目的とした,大規模な被験者計測を行った.
計測は,女性ボランティア416名を対象に,MRIによるTBVFとQUS(DM-US100)によるSOS計測を右足踵骨に対して行った.また,TBVFの計算時に得られる骨髄のの分布を調べた.ROIに関しては,①距骨下部,②踵骨中心,③踵骨隆起の3箇所(ROI1~ROI3)に設定した.

ROI1がTBVF計測可能な人数が最も多く,ROI3が最も少なかった.SOSとの相関は,ROI2 と3では,ほぼ同等であったが,ROI1のみ低い結果が得られた.これらの結果により,ROI2を最適ROIとし,以降の解析を行った.

まず,20~40歳の被験者207名のTBVFを解析し,平均値0.315,標準偏差σ=0.0341という結果を得た.これを,WHOの定義にしたがい,若年平均YAM(Young Adult Mean)とし,その-2.5σ以下であるものを骨粗鬆症と定義し,本装置における骨粗鬆症の診断基準を作成した.その結果,約400名の健常被験者の中で数名の被験者が,本装置により骨粗鬆症と診断されることが判明した.以上により,本装置が,骨粗鬆症診断に使用できる可能性を有することを示した.

本研究では,二つ目の装置として,骨密度の他に,骨強度を説明する指標となる骨微細構造が計測可能なコンパクトMRIを開発した.使用した永久磁石は,静磁場強度1.0T,ギャップ10cm内に50mm球の均一領域を有し,その重量は約1.4tonである.制御系のMRIコンソールと合わせて,設置面積は1 mx2 mである.

信号検出系であるRFプローブは,骨密度計測用のシステムと同様に,踵の撮像に適した長円筒型ソレノイドコイルを使用したが,より高いSNRを要求されるため,可能な限り踵の大きさに近いものを作成し(長軸: 11cm,短軸: 7cm),幅5mm厚さ1mmの銅箔を4ターン巻いたものを作成した.更に,RFコイルと踵の間にできる浮遊容量の効果を軽減するため,RFコイルを固定のキャパシタにより8分割した.

計測には,縦磁化を強制的に回復させる強制回復SE (Driven equilibrium Spin-echo,DESE)シーケンスを使用した.また,その際に問題となるダイナミックレンジを改善するために,k空間内でゲイン制御が可能な高速アッテネータを使用した. 計測対象は,健常男性ボランティア1名(27歳)の右足踵骨とし, 3D 強制回復スピンエコー法(/=50/10 ms,NEX=4)を用いて,画素サイズ 250 μmx250 μmx500 μm,画素数256x256x32の3次元データを得た.計測に要した時間は約27分であった.踵骨の領域において,放射状に走る海綿骨構造が明瞭に確認できた.また,矢状断面とそれに垂直な方向において,骨構造が変化する様子も確認できた.また,矢状断面とそれに垂直な方向において,骨構造が変化する様子も確認できた.

本研究では,骨密度と骨微細構造という,量と質の両側のアプローチから,繰り返し,安全に海綿骨が計測可能なシステムを開発した.骨密度計測用コンパクトMRIでは,再現性や,臨床装置との相関の計測を行いシステムの有用性を示した.更に,統計的なデータを利用した計測プロトコルの改良を行うことで,まとまった知見を得て,独立した骨密度計測システムとして確立させた.骨微細構造計測用コンパクトMRIにおいては,シーケンスおよび,ハードウェアの最適化により,短時間で,数センチサイズの対象を,数百マイクロメートルの分解能での撮像することに成功し,海綿骨を可視化することに成功した.骨微細構造計測用のシステムは,現在,その実用化が大いに期待されているシステムであり,コスト面,安全面において大きな優位性のある本システムは,今後,骨粗鬆症や,その併発症である大腿骨頸部骨折の予防に大きく貢献することが期待される.