「植物用NMR・MRIの開発とその応用計測」


要旨


医学診断用MRIは,多くの医療機関に普及し,現在では,不可欠な医用診断手法となっている. MRIは,非破壊計測手法として,医学以外の分野においても普及することが大いに期待されて いるが,さまざまな要因により,これまでは,その普及が妨げられていた.なお,その要因と しては,装置が大型であり,移動不可能で,また,計測対象に最適化した設計が難しいこと などが挙げられている.

これに対し,著者の研究グループでは,小型化した計測システム(MRIコンソール)と, 計測対象に合わせた永久磁石磁気回路を用いることにより,さまざまな用途,計測対象に最適化することのできるMRI(コンパクトMRI)を提唱し,開発を行ってきた.本研究の前半部は, このコンセプトを,植物計測に応用するための新しいシステムを開発し,その応用計測を行うことにより,そのシステムの有用性を検証したものである.

いっぽう,永久磁石の空隙(ギャップ)内の均一静磁場領域に入れることができないサンプルの場合には,狭い意味のコンパクトMRIのコンセプトだけでは対応できない.これに対しては,近年,米国の研究者により提案された,磁石外部に均一静磁場領域を有するBarrel(樽)型磁石を用いたNMRシステムが有効と思われる.本研究の後半は,このBarrel型磁石を用いたNMRシステムの開発である.

また,以上の二つのシステムに対する共通の技術として,MRI計測を柔軟に制御するソフトウェアシステムも開発した.

さて,植物計測用コンパクトMRマイクロスコープとしては,静磁場強度1.0T,ギャップ60mm,重量約1400kgの永久磁石磁気回路を用いたMRマイクロスコープ(高分解能MRM)と,静磁場強度0.3T,ギャップ80mm,重量約60kgの永久磁石磁気回路を用いたMRマイクロスコープ(ポータブルMRM)の,二種類のものを構築した.高分解能MRMでは,オープン型勾配コイルとオープン型高周波コイルを用いることにより,10分以下の計測時間で,マツ苗の幹の断層像を,75ミクロンの二次元画素分解能で撮像できることを実証した.また,ポータブルMRMを用いても,同様のサンプルと同様の勾配コイル,高周波コイルを使用し,画像コントラストはやや犠牲になるものの,同様の計測時間で,同様の空間分解能を達成できることを実証した.

上記のシステムを用い,マツノザイセンチュウが,マツ苗の内部を浸食していく状況を,同一個体を対象として,4週間以上の長期間にわたって連続的にMRI計測を行った.この結果,これまでは得ることのできなかったマツノザイセンチュウに関する貴重なデータを取得することに成功した.

いっぽう,Barrel型磁石を用いた片側開放型NMRにおいては,静磁場強度0.0814T,外径102mm,内径64mm, 磁場焦点深度30mmのBarrel型磁石を用い,ダブルD型高周波コイルを開発して組み合わせることにより, 磁石本体より30mm離れた領域に置かれた水サンプルの多重スピンエコーの取得と信頼性の高いT2(横緩和時間) の計測に,世界で初めて成功した.この緩和時間計測にあたっては,Barrel型磁石の静磁場分布の計算機 シミュレーションと精密磁場計測,ダブルD型コイルの形状とサイズの計算機シミュレーションと実験に よる最適化,そして,多重スピンエコー計測パルスシーケンス(Carr-Purcell-Meiboom-Gillシーケンス) におけるデータ取得・処理手法の開発が不可欠であった.

なお,以上の二つのシステムの開発においては,多様で複雑な計測プロトコルを実現する計測制御ソフトウェアの開発は非常に重要であり,著者は,そのほとんどの部分を開発した.特に,本研究で使用した永久磁石磁気回路は,強力な磁気エネルギーを有する一方で,静磁場の大きな温度係数を有するため,磁石の温度ドリフトに伴うNMR共鳴周波数の制御(NMRロック,もしくはNMRトラッキング)は不可欠であったが,計測プロトコルに巧みに組み込むことにより,長期間で安定したNMR/MRI計測を実現した.

以上の成果により,植物計測分野へのNMR・MRIの有用性と可能性を示した.