Organic Electronics-有機エレクトロニクス-


有機エレクトロクスとは、有機分子という化学の分野の素材を使って、エレクトロニクスという物理の分野のデバイスを作ろうという、異分野が融合した複合領域です。ここでは、化学の人、物理の人、生物の人などが、協力しています。現在、携帯電話のディスプレイなど、とても身近なところに分子エレクトロニクスが投入されはじめられた段階ですが、その市場規模は今後急速な成長が予想されています。


有機エレクトロニクスは、現在絶賛基礎研究段階ということもあり(これが面白いところの一つですが)、製品としては価格は高く、性能もたいして良いわけではないです。よく言われますが、現在主流のシリコンを使った無機エレクトロニクスに比べたら、その性能は桁違いに悪いです。それでも有機エレクトロニクスが世界中で一生懸命研究されているのは、無機にはないとくべつな魅力と可能性があるからです。


そもそも、もう単純に性能をあげていく、という既存のわかりやすい路線は再考が必要といわれています。たとえ良い性能だとしても、製造のエネルギーコストや環境コストが甚大なテクノロジーが本当にこれほど多く必要なのかということは、本気で考えないといけないことです。これからの社会のテクノロジーは、その持続可能性が性能を上回る指標になるかもしれません。多少性能が悪くても、常温、常圧下でデバイスができ、それが生分解し材料が循環する、ような環境調和型のモノ作りが、有機エレクトロニクスでは可能になります。


有機エレクトロニスのものつくりでは、「Self-Organization (自己組織化)」というこれまで十分利用できていない自然のプロセスを大いに利用できる可能性が注目されています。生物に見られるような、分子の自律的な組織化や機能発現が上手く使えるボトムアップなテクノロジーは、持続可能な社会の基礎技術となるはずです。


またこのようなことを狙うのに、有機エレクトロニクスではその材料、ビルディングブロックがほぼ無限にとれる、ということも重要です。多純なサッカーボールのフラーレン分子でさえ、中に何か入れることで性質を変えたバリエーションを無数に考えることができます。さらに、有機材料では分子の集合構造で性質が劇的に変わるので、同じ材料からでも無限に(やや誇張あり?)異なる性質を引き出すことができます。


本研究室では、自己組織化をキーワードに、こんな有機エレクトロニクスの基礎研究をしています。基礎研究をがんばったら、今より良いテクノロジーがいくらでも生まれそうな気がしてくると思います!





Self-Organization-自己組織化-


次世代技術である分子ナノエレクトロクスでは、分子のようなソフトで小さい材料の「集合体」が創発する性質を利用してゆきます。その過程で「自己組織化」ということが非常に重要になります。当研究室ではこれを興味の中心とした研究を行っていきます。


自己組織化とは、多数の要素が相互作用しながら多数集合することで、 個々の要素にはない新たな機能を自ら創発することです。これは生物では身近な概念であり、多くの生き物はこれにより精巧に動いています。有機エレクトロニクスなどに使われるソフトな材料の薄膜などは、生命よりは随分単純ですが、自己組織化は中心的な役割を果たします。しかし、現在の有機エレクトロニクスでは、無機材料を有機材料に置き換えているところですが、まだ、有機材料の創発的性質を利用するには至っていません。なので、基礎研究が必要です!


自己組織化し機能するソフトで小さい材料の集合体の代表は、生命です。生命は恐ろしく複雑な超分子集合体で、無機材料と違って温度がちょっと変わるだけで形が崩れたり誤動作したりするような材料からできているのですが、その不安定性や複雑性をむしろうまく使って様々な高度な機能を安定に維持することができる、いわゆる"反脆弱"な系です。このような反脆弱性も自己組織化系の重要な特性です.このような特性を持つデバイスは現状の無機材料では実現できていませんが、有機材料を使ってこのような性質を少しでも利用した環境応答、環境対応デバイスができれば、本当に魅力的です。





Surface Scuence-表面の科学-


ソフトで小さい材料の集合体は、かたい無機材料とは異なって、計測したり、制御したりしようとしたときに、既存の手法がうまく使えない場合が多く、なかなか手が届きそうで届かない難しめのモノです。何事も計測が分野を拓きますので、これらのソフトな材料の何らかでもうまく計測できれば、新しいサイエンスが生まれます。

このような、ソフトで小さい材料の自己組織化を計測するのに「表面科学」に立脚することが重要であると思われます。表面科学は、物質の表面(例えば原子、分子の一層のみ)を研究する分野ですので、壊れやすい対象の計測・研究に有効です。このような計測手法は、理論も実験も大変難しいもので、研究はゆっくりとしか進みません。ただし、そのぶん、データが取れて新しい世界が開ける(我々は実際に「見える」)時の衝撃は大きいです。


また、自己組織化の科学や工学にとって、表面の存在は本質的に重要となります。宇宙空間における多くの分子の生成にしても、分子同士が空間でぶつかるというのではなく、宇宙のチリの表面に吸着した分子同士の反応として生成される確率が高いとされます。こんなふうに、表面は物質の出会い・関係の場であり、即ち反応の場です。そこでは、材料同士の相互作用以外の力も働くことで、特異な、バラエティー豊かな自己組織化現象が起こり得ます。生き物などは、組織が込み合っており、表面・界面だらけの世界です。当然界面での物質の移動、自己組織化や反応が生命現象の本質を担っています。そうであるとすると、表面と界面が生命や情報そのものである、と言っても過言ではないかもしれません。


同様に、システムの表面やシステム間の界面で出現する機能こそがデバイスそのものであることはよく知られており、今のデバイスはほとんど界面の機能を利用したモノです。もっと言えば新しい文化や社会も、そのような社会や文化圏の表面や界面のような場所で創出されるわけです。 表面という場で、ソフトで小さい材料の自己組織化を利用すると、これまでにない材料や現象が現れるかもしれません。これは新しい概念を開拓できそうな探求になります。




Structure-Property relationship-構造物性相関-



表面上の自己組織化を、我々は、実際に文字通り「見ながら」研究します。ソフトな材料の集合体では、その「かたち」と「機能」が密接に結びついています。また、これらは弱い結合でできているが故に、その「かたち」も多様にとりえるということです。すなわち、同じ材料からでも、違うかたち=機能が生まれる!このため「structure-property relationship(構造-物性相関)」は、この分野の興味の中心です。このためには、かたちをよく見た上で、その性質を議論する、という、当たり前のことが本当に大切なのです。しかし前述のように柔らかい材料は見ることだけで十分難しいので、実際はこの当たり前はいまだになかなか実現が難しいのです。


一方で、本研究室の特殊な装置で分子やその集合体のかたちを見ていると、それは見ているだけで単純にきれいだなあとか、絶妙に面白いなあ、という場合によく出くわします。それが何かに役に立つのかとか学術的に有意義なのかは、往々にして別問題だったりしますが、自然の美しさに触れるということは、科学にとってもけしてつまらない問題ではないように思います。少なくとも、自然に興味を惹きつけられます。さらに言えば、自然や生命への関心があれば、日々楽しく、よりよく生活できるのではないかと思っています。





"Comfort isolates"-安寧な状態は人を孤立させる-


故スーザン・ソンタグの有名な言葉。木幡和枝先生の訳。


基礎研究は企業ではなかなかできなくなってきているようです。でも基礎研究こそが広い外部を感じて、繋がる道だと思います。この知覚や美学を研ぎ澄ましておくことは大事かなと思います。