筑波大学 理工学情報生命学術院 数理物質科学研究群
電子・物理工学専攻 藤田・伊藤研究室
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電子・イオンの加速度と構造体のヤング率

 FIB-CVD法を用いたアモルファスカーボンナノ構造体の合成では、イオンビームを走査制御することで自由な形状の3次元構造体が作成可能です。このようなナノ構造体の特徴の一つが、非常に堅いことであり、合成したカーボンピラーは典型的に約100 GPa程度のヤング率を示します。さらに成長条件、特に極めて遅い成長速度で合成した場合には600 GPaにも達するヤング率が得られます。一方で、電子ビームを用いたEB-CVD法で合成したアモルファスカーボン構造体は比較的柔らかく、20〜50 GPa程度となります。とくに、照射する電子やイオンの加速度でこの硬さが大きく変化する事がわかりました。

(1)照射荷電粒子のエネルギーと合成されたカーボンピラーのヤングの関係  電子およびイオンの照射エネルギーをそれぞれ、5keV、15keV、30keVの場合についてフェナントレンを原料としたアモルファスカーボンピラーを作成し、そのヤング率を調べました。通常ピラーのヤング率は共振周波数



(ここでf:共振周波数、ρ:密度、E:ヤング率、L:ピラーの長さ、α:直径、β:共振モードに関する定数)、から簡易に推定できます。 しかし、この式にはピラーの密度を仮定しているために、得られたヤング率が正しい値を示すとは限りません。特にビーム加速度や成長速度を変化させている場合、合成された構造体中のGa混入量は照射ビーム条件で大きく変化することが知られています。今回の計測では、硬さが(バネ定数)校正済みのAFMカンチレバーとの相互たわみ計測しピラーのバネ定数kから を用いてヤング率を求めました。(ここで、K:バネ定数、E:ヤング率、L:ピラーの長さ、I:断面2次モーメントです)





図1 相互たわみ法によるヤング率測定

 図2にEB-CVD法で合成したピラーのSEM像、および図3にFIB-CVDで合成したピラーのSEM像を示します。測定に用いた試料形状は長さが5〜20μm程度、直径200nm〜500nmのピラーです。FIBおよびEBピラーともに直径100nm以下のものではAFMカンチレバーとを相互にたわませる前に、静電気力およびファン・デア・ワールス力による物理吸着が起き、永久変形してしまうことが頻発します。このためこの実験では比較的太い試料を用いて、永久変形の起こらない領域で計測しています。これらの試料について相互たわみからヤング率を求めた結果を図4に示します。イオンビームの場合にはイオン加速度が高くなるにつれ、ピラーのヤング率が上昇しますが、電子ビームの場合には電子加速度が低下するとピラーのヤング率が増えるといる逆の傾向を見いだすことができました。



図2 EB-CVD合成ピラーのSEM像  図3 FIB-CVD合成ピラーのSEM像



 図4 電子およびイオン加速エネルギーとヤング率


 FIB-CVDピラーの場合、カーボンに対するイオンの進入長(投影飛程)は30keVの場合で約20nm程度です。合成されるピラーの直径はこの飛程よりは遙かに大きく、照射されたイオンはアモルファスカーボン中にすべてトラップされます。このメカニズムがあるからイオンビームの走査でナノ3次元構造が形成可能となっています。つまり、一次イオンの散乱過程で放出される2次電子によって、照射部分よりもさらに外側で吸着ガスの分解反応が進みます。2次電子の広がりは照射位置からほぼ同心球の形状ですから、ビームの照射位置よりも先、すなわち”庇”のような張り出しが形成されるわけです。この庇の上にビーム中心が移動していきますから3次元立体構造が形成されるわけです。ところで、このようなナノ3次元構造体では、結果として中心にGaを含有するコア部分と外側にGa含有の少ないアモルファスカーボン層形成された2重構造のピラーとなります。すなわち、照射イオンのエネルギーはすべてアモルファスカーボンピラーの形成に寄与すると考えられ、イオン加速エネルギーが大きいほどピラー内へのエネルギー蓄積密度が増えることになります。これがイオンビーム加速度にほぼ比例するピラーのヤング率の上昇をもたらしている原因と考えられます。
 一方で電子の場合には、逆に電子エネルギーが低いほどピラーのヤング率が上昇します。電子の場合はイオンと異なり、質量が軽い分だけ進入長は長くなります。アモルファスカーボンに対しては典型的に5keVの電子で約400nm程度、15keVの電子で約2.5μm程度です。電子は原子核による大角散乱(弾性散乱)と内殻電子との非弾性散乱を繰り返して飛び散ります。鉛直方向からの電子照射に対してピラーは垂直に成長しますが、電子はピラーの側壁からすぐに真空中に飛び出してしまいます。 数keV程度の電子が固体中で散乱されると、おおよそ球状に散乱されます。この球状の領域に電子エネルギーが蓄積されるはずですが、実際はピラー形成されますから散乱球体積に対するピラー体積程度の、ごく一部のエネルギーがピラー中に蓄積されることになります。電子の飛程は加速度のべき乗(1.6乗程度)で増加しますので、電子によるピラーへのエネルギー蓄積は加速エネルギーに対して指数関数で減少することになります。さらに電子の散乱断面積も加速度に依存して減少します、EB-CVDの電子ビーム加速度に逆比例してヤング率が減少したと推測されます。


図5 電子ビームによるエネルギー蓄積のモデル